大正末期から昭和の戦後期までの株取引を描いた「大番」

大番獅子 文六氏の大番は「最後の相場師」と呼ばれた「ブーちゃん」こと、元合同証券社長の佐藤和三郎氏をモデルにした小説で経済小説という分野に興味の無い方にもお薦めできる作品です。

相場師という言葉から分かると思いますが、この小説は株取引を中心にした小説で大正末期から昭和の戦後期までを背景としており当時の株屋さんを始め一般社会の様子も細かく描かれており読んでいると、その時代にタイムスリップしてしまったのごとく鮮明に脳裏に浮かんで来ます。

内容が「株取引の世界」で、しかも「最後の相場師」とまで呼ばれた方がモデルなのですから当然ながら「一夜にして大富豪」になったり「いきなり夜逃げ」になったりと物凄く浮き沈みが激しいのですが、それを物ともせずに進んで行く「ぎゅーちゃん」には全くもって敬服するしかないほどの骨太さを感じさせられ読む者は不思議な魅力に引き込まれてしまいます。

出典画像:
https://www.amazon.co.jp/北上次郎選「昭和エンターテインメント叢書」-2-大番-上-小学館文庫/dp/4094084940/

また「東大卒業者」でありながら株屋の世界に入って来た木谷さん(山一證券の大神一氏がモデル。
当時の株屋さんの世界は大学卒業者が就職するような所では無かった)というインテリ株屋さんや「買いのぎゅーちゃん」に対する「売りの山種」(ヤマタネ証券の山崎種二氏がモデル)等、実在の人物も多数、登場するのも現在の証券会社の歴史を見るようで、とても興味深い所です。

ちなみに戦後、山一証券が破綻しかけ日銀特融という異例の救済策が取られるきっかけとなったのも「買いの木谷さん」と「売りの山種」の相場戦の結果であり大番は「相場師列伝」と言う要素も含んでいます。

この時代は、つい80年ほど前の事であったのに当時は徴兵検査と言う物が有り、実際にぎゅーちゃんが徴兵検査を受ける場面等も出てきます。

また「洋食」という物が世の中に現れたり初めて「洋服」を着る事になりネクタイの締め方が分からずに木谷さんを訪ねて行く等、戦前の日本の社会風景を本当に良く感じさせてくれます。

これがついこの間までの日本だったのか」と戦後の日本社会の激変ぶりを肌で感じる事が出来る小説でもあります。

そして敗戦直後の時代に行われていた株取引には随分とひどい物も有り、それで大儲けして現在では押しも押されもせぬ超一流ホテルを築き上げた人もいる、という戦後経済史の内幕をちょろっと見せてくれたりもします。

株取引を中心に描いた経済小説ではありますが「経済小説」という枠を超え佐藤和三郎という破天荒な人物の人生を描いた名作です。

未読であれば、是非、御一読される事をお薦め致します。
CSwiki-長戸千晶 チアキス

投資ファンドのダークヒーローの葛藤を描く「ハゲタカ」ワクワク感あふれる経済小説!

ハゲタカ経済小説の醍醐味は、引き込まれていくような知の攻防の行方にあります。

その点で読者を引き込むワクワク感が溢れるのは、真山仁氏の「ハゲタカ」です。

バブル崩壊後の追い込まれた世相を巧みに描いた小説で、日本の追い込まれた状況を肌に感じる焦燥感が溢れたストーリーです。

主人公鷲津は、ある事件をきっかけに大手銀行を退職して、渡米後投資ファンドの代表に就任し帰国。

出典画像:
https://www.amazon.co.jp/新装版-ハゲタカ-上-講談社文庫-真山/dp/4062776529

彼が口にする「お金を稼ぐことはいけない事でしょうか?」は、当時の村上ファンドの代表の言葉を思い起こさせます。

外資の企業再生の裏にある儲かれば何でもするという姿勢に対する反発。

その反面、インサイダー取引を繰り返せば企業は時価総額を倍倍に増やしていけるというおごりが、検察の摘発を招くことになります。

鷲津はそんな不景気にあえぐ日本に帰ってきて、危機状態の企業を次々と買収していき、敵対する勢力を打ち破り次々と成果を上げていきます。

そして休業寸前の老舗旅館を背負うことになります。

鷲津は容赦なく、強引ともいえるような手法で企業を買収していき、その心のうちには復讐という人間臭い強い思いがあることがわかってきます。

正義をふりかざすわけではないその姿は、ある面ダークヒーローであり手腕のあざやかさに思わず感心してしまいます。

経済的にみれば、外資が再生してもらえるならいいことだと、楽観的に考えてしまいますが、利権がからむとそんな甘いものでは終わりません。

この小説が描く登場人物の取り巻く環境や行動は、日本経済の問題点をこれでもかと暴き出します。

日本的企業経営に対する鷲津の復讐・旧態依然の組織運営を叩き潰す知の攻防でもあります。

この小説の面白さは、ワクワク感のあるストーリーで、登場人物の繰り広げるどろどろした葛藤にあります。

経済の知識をわかっていくとともに、1人の男の復讐劇を見守ることになる読者は、ダークヒーローのテンポのよい動きに取り込まれていき自然に物語の中に引き込まれていきます。

経済小説には、話の展開がわかりやすく、この作品のようにテーマがはっきりとしていて、思わず読み進んでしまうという展開を予想するような要素が必要です。

この小説は、難しいストーリーではなく、人間臭い登場人物の動きを追うことできっと読む人をひきつけ思わず時間を忘れさせてくれることは間違いありません。

真山仁の小説の醍醐味がよくわかるワクワク感あふれる経済小説です。

経済小説でありながらミステリー性もある「株価暴落」

株価暴落池井戸潤作の「株価暴落」は犯罪に巻き込まれた巨大企業の株価に着目した経済小説です。

全国にチェーン展開をしている一風堂の目黒店の爆破事件から物語が始まります。

一風堂は売上2兆円の巨大企業ですが同時に1兆円もの有利子負債を抱える巨大企業です。

物語はそこの融資を打ち切るか否かの銀行内部の勢力闘争を描いてゆきます。

出典画像:
http://books.rakuten.co.jp/rb/4320351/

融資を打ち切ると傘下の子会社が倒産に追い込まれそこで働く社員は路頭に迷います。

それぞれに思惑や葛藤がありそこに連続爆破事件が絡んでいます。

一風堂の経営者風間は古い感覚の経営者で、経営改革を進言する財務部長などの進言を全く聞こうとしません。

メインバンクの白水銀行は以前から再生計画の練り直しを提案し債権放棄や金利減免、追加融資も併せて行っていましたが改革は遅々として進んでいませんでした。

その状況で起きた連続爆破事件が起こり死者も出ました。

案山子と名乗る犯人が犯行声明を出し一風堂がターゲットになったテロであることが判明し大変な事態に陥るわけです。

容疑者は二転三転し最後に判明しますが想像できない人物でした。

株価暴落の過程と企業内闘争、銀行の融資審査、そして事件の進展と悪い方へと転がり落ちる感じで一気に物語を読み進めてしまいました。

巨大企業の経営者が古い体質のワンマン経営をし続けることで、連鎖的に取引している中小企業が倒産する状況は大変切なく憤りを覚えました。

さらに銀行内部の腐敗を真正面から見せつけられました。

だれが考えてもおかしいということがまかり通り、既得権が幅を利かせ何かしようとすると抵抗が強く前に進めずがんじがらめになります。

少し胸がすく終わり方で読後感は良かったものの銀行という組織について知り得なかったどろどろとした古い体質に嫌気がさします。

この作品を通じて経済がうまく回る方向で銀行融資が行われ株価も安定してくれればよいと思いますが、既得権者はどこの世でも幅を利かせるのが常ですから少しあきらめの気分にもなります。

物語の最後まで犯人やその動機のこと、追加融資はあるのか、主人公の未来はどうなるのかなど手に汗握る展開で一気に読み上げました。

特に後半の畳みかけるような物語の進展は池井戸作品らしい展開で大変楽しませてもらいました。

株価は一方向に進みだすと止まらないというダウ理論を地で行くような内容です。

企業の業績やそれを取り巻く環境も同様に悪化する様は緊張感や臨場感を生みます。

経済小説に興味がある方もない方も一気に引き込まれる小説だと思います。